奪ふ男

奪ふ男 前編 (1/3)
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「金原智明って知ってる?」
 その名が彼の口から出たとき、思わず息を詰めた。
 そんな私を見て彼は、
「あ、やっぱり知ってるんだ」
「どこで聞いたの?」
「本人から。瑠璃子の友達だって言ってたけど、ほんと?」
 私は静かにうなずいた。
「同じ大学の」
 それは正確ではなかった。
 小学校、中学校、高校で同じ学校に通い、そして現在も大学を同じくしている幼なじみだ。家も近く、子供のときからよく遊んだ。
 私はウェイトレスが運んできたばかりのオレンジジュースを、ストローで一度回した。氷が軽い音を鳴らす。
「金原……なんていうか、すごいやつだよな、あいつ」
 彼の言うことは漠然としていたが、正しい。
 智明のことを精密に表現するのは難しい。おそらく一度や二度会ったきりの彼には、漠然と『すごい』と言うのが精一杯だ。
 智明はスポーツや勉強に特別秀でている男じゃない。
 そういった『すごさ』を表しやすいものとは別次元の、違うすごみがある。
 今まで付き合ってきた三人の男も、初めて付き合った鈴山を除き、智明と接触すると、まず智明の話題を出してきた。
 智明は人の印象に残る人間だ。
 私は今までの三人の彼氏のことを少しだけ思い出しながら、目の前にいる四人目の男の顔を見た。
 彼は今、己に何が迫っているか気づいていない。呑気そうに、熱いコーヒーに口をつけていた。

 彼から別れを切り出されたのは、二週間後のこと。
「別に好きなやつができて」
 四人目もまた、今までの三人と同じ、別れた理由を言ってきた。
 様式美に則ったように、今までの彼氏たちと同じ行動をする。
 そう、彼もまた、智明と付き合い始めたと聞いた。

   *   *

 大学の食堂は昼食時に混み合うけれど、前の授業が早くに終わったので、四人がかけられる丸いテーブルを確保できた。
 そこを私は友達の絵里と二人で座り、どちらともがレディースランチのパスタを食べている。
「そういえばさ、最近彼氏とはどうなの?」
 絵里は率直に訊いてきた。
 私は少し詰まり、手を止めてから答えた。
「……別れたよ」
 絵里ははっと息を呑む。
「何が理由? ……まさか、また金原のやつが?」
 そうストレートに訊かれると、答えに窮してしまう。でも絵里の言うとおりなので、結局うなずくしかない。
 そんな態度を見て、絵里はフォークを、がちゃん、と置いた。
「しんっじらんない金原! あいつほんとに何考えてんの!?」
 絵里はまるで自分のことのように激高した。
「瑠璃子の彼氏ことごとく奪うってさ、タチ悪すぎ! さらに腹立つのが、あいつが男ってことだよ! サイテーホモ野郎!」
「絵里、落ち着いて」
 私は激しく憤る絵里をなだめる。
 人の多く集まる食堂で『ホモ野郎』と叫んで人目を呼ぶのは、恥ずかしい。じろじろと見られてる。私は周囲の目を感じて、羞恥で顔を赤らめた。
 絵里も場所をわきまえたのか、おとなしくなった。
「……うん、ごめん。でも、金原が諸悪の根源なのは確かだけどさ、瑠璃子の彼氏も彼氏だよ。付き合ってる彼女から男に走るって、信じらんない……どういう頭してるんだよ」
 絵里は額を押さえているが、私としては冷静だ。
 すでに四回目。慣れるものだ。
 最初は私も、付き合った男がもともとそういう男だったのだ、と思いこむことで片付けた。

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