翼なき竜

28.未来の夢(3) (1/6)
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 レイラが後に、この世の地獄、と考えるようになる場所は、小さな部屋だった。
 北側に置かれたベッド。丸い、傷のあるテーブル。何の花も差されていない花瓶。緑のカーテン。食い入るように見つめ続けた扉の細工。風の強い日に石作りの部屋の隙間から聞こえる、笛のような高い音。死臭にも似た臭い。どれほど年月が経とうが、全てを鮮明に思い出せる。
 ガロワ城の塔の四階で監禁状態にあったレイラは、ひとりで世話をしてくれていたリリトの異変に気づいた。
 気分を悪くして倒れたリリトの身体を支えて、レイラはまさかと思ったことを口にした。
「リリト……妊娠、してる?」
 はっと身体をかばうようにして見上げてくるリリトの眼を見て、その想像が真実だと知った。
「申し訳……ありません」
 リリトは震える声で謝罪する。
「何を謝る必要があるの。リリトが悪いんじゃない、全部――」
 ガロワの城主・グレゴワールへの罵倒の言葉を口にしようとして、閉ざした。どこで何を聞かれるか、わからなかったから。
 リリトは静かに泣き始める。
「わたしが、悪いんです……殿下をこんなところへ連れてきてしまって……グレゴワールを信じたわたしが……」
「ばかなことを言うんじゃないよ。リリトのせいじゃない」
「許してください……わたし、殿下を外へ出してもらうよう、がんばりますから……」
「リリト……。とにかく寝て。さっき立ちくらみを起こしただろう? 身体を休めないと」
 泣いているリリトをベッドに寝かせる。彼女はすぐに眠りへと落ちていったようだった。
 リリトの寝る側で、神に祈りを捧げるように、レイラは膝を地面につけて手を組み、目を閉じた。
 すっと背後に気配がした。
 レイラは顔をこわばらせながらすぐさま振り返る。
『レイラ』
 そう声をかけたのは、ベランジェールという竜の幻影だった。ベランジェールの幻影である人間の姿は、ギャンダルディスとよく似ていた。ただし違ったのは、地につくほどの髪は茶色だったことと、子どもではなく三十代くらいの成人男性のようだったことだ。
 ベランジェールは、この監禁された部屋の外に、見張り番としている竜だ。
「……驚かさないで、くれ」
 他の誰にも聞こえない小さな声で言い、ほっと息をついた。
 この部屋に誰かがいるというだけで、緊張を強いられることだった。
『すまない。……この城の警備状況を探ってみた。城内の地図、警備の場所、人数、武器を頭にたたき込み、最短ルートで逃げ出せば、脱出する機会はある』
 ベランジェールはレイラに好意的だった。同族である『泰平を築く覇者』と、監禁する人間と、正常な倫理観を持つ者ならどちらに手を貸すかは比べるまでもないだろう。ベランジェール自身は足に鎖を繋がれているが、この幻影を使い、城内を探ってきてくれた。
 レイラはベランジェールが脱出ルートを探ってきてくれると聞いた当初は、目を輝かせて涙さえ流しそうになって歓喜した。
 しかし今、レイラはうつむき、首を振るしかなかった。
「……リリトを、置いていけない」
 ここに監禁された初め、疑心暗鬼となったレイラは、リリトをなじった。ここに連れてきたきっかけはリリトだったから。
 そのときリリトはぼろぼろ涙をこぼし、何度も謝罪しながら言った。
『必ず、必ず、わたしが、殿下を解放してもらうよう、交渉しますから……!』
 責任感ある彼女が何でもしかねないと、気づくべきだった。

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