翼なき竜

27.未来の夢(2) (1/5)
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 フォートリエ騎士団の兵舎の近くにお屋敷があった。白塗りの立派な屋敷に、レイラが住んでいた。
 休日の昼間にもかかわらず、庭でレイラは剣を振って、鍛錬をしている。年頃の娘らしく周囲の可憐な花々を愛でることもなく、まっすぐ剣を振る。
「298、299、300……!」
 振るたびに汗を飛び散らせた。レイラは一息つくため、ベンチに座る。
 横にいるマガリから布を差し出される。それを受け取り、レイラは顔の汗をぬぐった。
 冷たい飲み物も手渡しながら、マガリは尋ねる。
「そんなに必死に訓練しなくても良いのでは?」
「訓練しなきゃ強くなれない」
「今でも十分お強いと思いますが……」
 レイラは下っ端の騎士を本気で倒せるようにはなってきた。しかし、手を抜いているのかいないのか、本当に本気で戦ってくれたのか、疑えばきりがない。
 その点、ブッフェンだけは違う。あいつだけは手を抜くことはないはず。そして強い。騎士団の中でも一目置かれ、次期騎士団長になるのは間違いなしとまで言われている。
 彼を倒せば、確実に自分は強いことになる。
 汗を拭いて、再び訓練を始めようとしたレイラの前に、ずずいと女官が立った。
「だめですよ、王女様。昼食の時間ですっ!」
 目の前に立つのは、レイラより背の低い少女だった。黒髪をきっちりと結い上げ、落ち着いた色合いのドレスを着ている。
 名はリリトという。レイラの世話をするために仕えている女官で、ほとんど同じくらいの年齢だ。一見、年よりも上に見える姿なのだが、中身は年相応だ。
「お食事が冷めちゃいます! 剣を振るのはあとです、あと!」
 元気にレイラの手を引くリリト。
「お、おい。私はまだ訓練の途中で……」
「そんなの食べた後でもできるでしょう? 今日はおいしい春キャベツのスープがあるんですから、冷めたら損ですよ!」
「…………」
 リリトは変わった女官だった。働き者で元気よく動いていたが、レイラを何度も振り回していた。しかしそれらはレイラを思っての行動ばかり。レイラは嫌いではない。それどころか好ましいとさえ思っていた。

 食堂で、その春キャベツのスープを食べていると、来訪者が現れた。
 食堂に通したその男は、竜の鱗でできた鎧をまとった、いかにも厳格な騎士だった。無表情な男は、ひざまずいて名乗る。
「アンリ=デュ=コロワと申します。竜騎士団に在籍している者です」
「……デュ=コロワ……西の領主か」
 竜騎士団の騎士というよりも、西方の領主という方がよく知られている。
「で、デュ=コロワ。私に何の用だ?」
 レイラの目は冷ややかだった。
 会いに来る貴族というもので、最近ろくな話がなかった。貴族の格を上げさせてくれとワイロを寄越したりだとか、王族になりたいばかりの婚約の申し入れだとか。
「殿下!」
「なんだ」
 デュ=コロワは細い目を精一杯開け、レイラの手をがっちりつかんだ。レイラは面食らう。デュ=コロワは頬を染めそうなほどに照れながら、
「……殿下の竜を見せて欲しい」
 と言った。
 初対面でこんなことを言ってくる変人は、初めてだった。

 ギャンダルディスは後宮からレイラと一緒にやってきて、館の厩舎に入れられていた。もちろんロルの粉、チキッタの花は常備されている。外から見えるようにいると周辺住人が驚くから、外に連れ出し散歩をさせるのは夜だけだ。

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