翼なき竜
25.宰相と葉(2) (1/7)
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「死後、ってどういうことだ?」
ブッフェンが目を細めて女王を見やる。
宰相は驚いてまばたきすらできないというのに、二人とも冷静な顔でいた。
女王は目の前の、竜が竜を食べる絵に触れる。食べられている子竜の部分を撫でる。
「この絵……どうしてこの子竜が食べられていると思う?」
「知らねえよ」
ブッフェンは荒っぽく吐く。
「多分、この子どもの竜は翼を持って生まれなかったんだ。だから食べられている」
その説明だけでは宰相にはわからない。
それはブッフェンも同じだったようで、彼は首をかしげた。
女王は淡々と解説する。
「……竜は本来どう猛だ。しかし、翼に宿る理性でもって抑えている。その翼がなければ、人間どころか竜族にも襲いかかりかねない。だから翼なき竜というのは、竜族によって粛正――食べられるんだ」
女王はブッフェンに振り向き、片翼の竜のあざを見せた。
「私は竜に食われる。もうすぐ翼を完全に失うから」
沈黙があった。ブッフェンはがりがりと頭を掻いて、靴音を響かせ歩く。
「待て。翼を失うってどういうことだ。そのあざのことか?」
「そうだ」
「元々レイラのあざにゃ両翼があったよな? アンリは、一つは精神的なショックで失ったとか推理してたが、残った一つも失うのか?」
女王は薄く笑んだ。
「精神的なショックじゃないよ。竜の翼は強靱だ。私のあざの翼もね。私がそもそも片翼を失ったのは、罰だからだ。七年前の……」
七年前……。
あの全てが明らかになった監禁事件のことが、宰相の知らない影響を残していたというのか。まだ、何かあるのか。
「あんとき何をしたってんだ」
同じ事を疑問に思ったブッフェンが問う。
女王は目をつむり、ふう、と息を出す。
前に七年前のことを話してくれたときのように、女王は苦しげな顔をした。
「七年前……お前がフォートリエ騎士団を率いてガロワ城を攻めてくれたとき……私の監禁されていた部屋の前にいた竜――ベランジェールが襲ってきた。私をではなく、私の女官のリリトを。そのとき私はリリトを助けようと、ベランジェールを殺した」
それは宰相の知ったとおりの話だった。ブッフェンもすでにその話を知っていたようで、驚かない。
それがどうした、とブッフェンは女王に話を促した。
「……竜は同族間で争いを起こさない。竜による竜殺しは大罪なんだ。私はそのときの罰により、片翼を失った」
宰相は眉根を寄せ、眉尻をつり上げる。
「おいおい、そんなのが罪かよ」
ブッフェンと同意だ。
人を助けようとするのが何が悪いというのか。
「普通の人間だったら罪でもなんでもない。人間に竜族の法は適用されない。……だけど私は『泰平を築く覇者』だ」
女王は自身の胸に手を置く。
「竜族の血を宿し、竜に同族と認められ、竜の同族としての特権を得た。その時点で、竜族の法に従わなくてはならなかったんだよ」
女王は、竜が竜に食べられる絵から離れ、中央に置かれたアルマン王の石像の前に立った。
「片翼さえあれば食べられることはない。片翼さえあれば、寿命が尽きるまで生きられる……けれど、私はどんどんと残りの片翼の力を失っていった。そしてとうとう……理性が闘争本能に勝てなくなってしまった」
女王は悲しそうに胸の上に置いた手を握る。
理性が、闘争本能に勝てなかった?
それは……まさか……。
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