翼なき竜
24.宰相と葉(1) (1/5)
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夏の暑さが風と共に去り、空高い秋が訪れた。落葉のときだ。
王城の庭園に植えられた木も、秋の影響を受け、はらはらと散り始めている。
敷き詰められた木の葉の上を歩いていた宰相は、ベンチが見つかると、そこに腰を下ろした。
黒いステッキを横に置く。
王城の中央から庭園の中程まで。前までなら、ちょっと歩いた程度、と言われる距離である。
しかし、宰相は疲労していた。体中がきしんでいる。
怪我は治りつつあるものの、元の通りに歩ける状態ではない。いや、もしかしたら一生元の通りには戻らないのかもしれない。
それでも身体を動かし続けていると、怪我をした当初より、ずっと動きやすくなっている。訓練は続けた方がいいと、医者も言っている。
少し休憩して、王城に戻ろう。打ち合わせや準備もある。
ステッキが風によって倒れそうになったので、慌てて支えた。
支えて顔を上げると、道の遠くから、白い日傘の女性が見える。
かさり、かさり、と乾いた木の葉の音に気を取られていると、彼女はすでに宰相の目の前にいた。
「お久しぶりでございますわね、宰相様」
にっこりと笑う彼女は、王太后セリーヌであった。
彼女の顔を見たとき、息を呑みそうになったのを、何とかこらえた。
以前会ったときの彼女は、50という年を感じさせないほど若々しい肌、若々しい美しさを持っていた。
しかし今、目の前にいる彼女は、そのときより確実に、老化を感じさせた。頬のしわ、日傘を持つ痩せた腕。巻き毛の髪の色はかつてより褪せた、年相応の姿だ。
「……お久しぶりです、王太后様」
最後に会ったのは、彼女の夫・先王エミリアンが亡くなったとき以来だ。
そっと彼女は日傘を傾け、顔を隠した。
「見苦しいものをお見せしました。……何というのかしら、生きる張りがなくなってしまって」
上品に微笑むと、セリーヌは隣に座る。
「秋、ですわね。……エミリアン様が亡くなって、もう一年。早いものでございますわ」
あれから一年と考えると、長かったようで短かったような、不思議な時間の感覚だ。
「王太后様は、お元気でしたか?」
「ええ。宰相様は……ほほほ、訊くまでもないことでしたわね」
宰相の着る西風の服の下には、いまだ包帯が巻かれている。女王謀殺事件は国中に知られている。宰相が竜に食べられかけて、怪我をしたことも。完治はまだまだだ。
「宰相様。老人の戯言だと思って聞いてくださいな。……夫なんてうるさい存在としか思っておりませんでしたけれど、いつも隣にいた存在がいないというのは、もの悲しい気分にさせるものですわね。これが『さびしい』と言うものなのかしら」
「…………」
日傘の影に隠れたセリーヌは、口許に微笑みを浮かべ続けている。
冷たさや温かさというのは、表面からは安易にくみ取れないものなのかもしれない。
冷たい、無礼、そう否定的に思っていた人も、本当は人間的な感情をちゃんと有してそれを隠しているだけだったり、本当は無礼な言葉に隠れて深い思いやりを持っていたりすることもある。
そう考えると、人というものを温かく見られる気がする。今の宰相の誰よりも浮かれた気分も関係しているだろうけど。
今しがた気づいたように、けれどもおっとりと、セリーヌは口を開いた。
「ああそうでした、宰相様。まずこれを言わなくては。女王陛下とのご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
宰相はとても嬉しそうに笑む。
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