翼なき竜

22.女王の子(5) (1/4)
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 真夏。
 宰相は窓を全開にし、暑さに耐えながら、自身の執務室で政務を執り行っていた。
 机には処理済みの書類の山がある。女王に見てもらわなければならない書類だ。
 宰相は暗い目でそれを一瞥し、女王のところへ運ばせようと部下を呼ぼうとした。しかしそれは達成されなかった。
 ……女王自身が、宰相の執務室を訪れたからだ。
 透けるほどに薄いベールをまとって現れた。いつもの機敏な動きは、どこかぎこちない。
 宰相もまた、ぎこちなく視線を逸らした。
 女王が政務に復帰して以来、宰相は彼女に真正面から顔を向けることはなかった。
 いつもなら、「何でしょうか」と一言でもあるものだが、彼から口を開くことはない。
 女王は気まずそうに言う。
「その、な」
 宰相はうつむき黙っている。
「暴言を吐いて、すまなかった。あれは……本当に思ってもないことだから、気にしないでほしい」
 宰相は知っている。あれは、宰相とグレゴワールを重ね合わせて言ったことだと。助けなかったどころか傷つけ続けた男に、『どうしようもなかった』と言われれば、怒るのは無理ない。
 これまで、七年前の事件を一片も宰相に語らなかった理由も、ようやく理解できた。それはそうだ。加害者に、どうしてつらい事件を語ろうと思うものか……。
 真実の衝撃が強すぎて、宰相はいまだに頭が麻痺しているような状態だ。どうしたらいいのかなんて、考えつかない。
 ようやく思ったのは、こんな顔を女王は見たくないだろう、ということだ。
 だから宰相は顔を逸らし続けていた。
「……あの、な、宰相」
 女王はひかえめに告げた。
「レミーを、私の子だと認める」
 机の上で、羽根ペンが転がる。そのままじゅうたんの上に落ちた。
 宰相はしばらくしてから、それを拾い上げた。
「レミーを王城に呼び寄せて、謁見する準備は頼む。そのときに私が臣下たちに説明するから、それまで全部、黙っていてくれ」
 じゅうたんに視線を向けながら、蚊の鳴くような声で、「はい」と言った。
 宰相の返事に、女王は何度かうなずく。
「何もかも終わったら、全部話すよ。話さなければならないことがいくつもあるんだ。……今は私のことを見たくもないようだし、ちょっと時間を置こう」
 女王は背を向け、部屋を出て行った。
 脱力して、宰相は椅子に座る。背もたれに体重をかける。
 椅子がギィ、と鳴ったとき、羽根ペンを机の上で転がした。


 後は女王の命令通り、謁見の準備を進めるだけだった。
 レミーを呼び寄せるのはその地の領主のデュ=コロワに任せ、謁見の手はずを整える。
 いつの間にかレミーを呼び寄せる話は城中で広まり、噂は広がりを見せていた。女王が何の身分もない小さな子どもをわざわざ呼んだということは、注目すべき話でもあった。
 特に老臣たちは宰相にどういうことかを聞きたがったが、宰相はとにかく逃げるしかなかった。


 レミーの登城時、噂が噂を呼んだこともあって、特別謁見室には、多くの臣下が詰めかけ、事態を見守ることになった。
 特別謁見室は天井が高く、城でも涼しい部屋の一つだ。円形の部屋には大きく窓が取られ、ガラスの色を交えながら光が注ぎ込む。
 興味津々の貴族たちが左右に分かれ、待っている。警備のための近衛兵も、その人混みに呑み込まれそうである。

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