翼なき竜

20.女王の子(3) (1/6)
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「まあまあ宰相様、わたしに話とはなんでしょうね」
「少し静かにお願いします」
 宰相の前にいるのは年老いた女官・マガリ。女王が王女時代から付き従い、世話をしたという。
 マガリは後宮の部屋で刺繍をしている最中だった。
「お話は結構ですけど、刺繍をしながらでよろしいでしょうか? 急ぎの仕事で……」
「はい、よろしいですよ」
 マガリはにこにことした顔でレースのふちに、赤い糸で何かを形作っている。
「花、ですか?」
「ええそうです。薔薇の刺繍です。昔からわたしはこれが得意で」
 薔薇はまだ薔薇ではない。宰相には完成形が想像できなかった。
「それで、何の話ですか、宰相様」
「……七年前の女王陛下の監禁事件について、お話を聞きたいと」
 マガリの顔が、すっと真面目なものとなった。そしてあたりを見回す。
 すでに宰相が人払いをしてあるから、この部屋や周囲には他に誰もいない。
 監禁事件のとき、女王に付いてきて閉じこめられた女官が誰かは、宰相にはわからなかった。
 しかし、女王の古参の女官である彼女は、何かを知っているはずだ。彼女は今、女王の最も近しい女官だ。
「……何の話でしょう。関所を通してくれなかった、という話でしょうか?」
「いいえ。本当の話です。……デュ=コロワ様から聞きました」
 彼の名を出すと、マガリは、ああ、と言った。
「何を思って今更……。なぜ聞きたいのですか?」
「それは現在、明かせないのです。申し訳ありませんが」
 女王に子どもがいるなんて噂が広まれば、大変なことになる。最重要極秘事項である。
 白黒はっきりつけるまで、これはおおやけにできない。
 マガリは刺繍を手早く続ける。
「何を聞きたいんです?」
「全てを」
 全て、とマガリは反芻した。
 しばらくしてからマガリは刺繍の手を止め、話し始めた。
「そもそもガロワ城に泊まる予定はなかったんです。ガロワ領を通って王城に帰るところでした。ところがリリトという女官が、ガロワ城に泊まりましょうと言いました。彼女は別の領主の娘だったのですが、ガロワの領主であるグレゴワールと親戚づきあいから親しくしていたというのです。彼からぜひ王女殿下を城に招くように言われたと、彼女は言いました」
「リリト……現在もおられる女官ですか?」
「いいえ。城攻めの日に事故で亡くなったと、陛下がおっしゃいました」
 ふと不思議に思った。
「……? 女官は全員、地下牢に閉じこめられていたのではなかったのですか?」
「いいえ。女官のうちリリトだけ、なぜか地下牢に入れられませんでした。わたしたちは一年、恨んだものです。あいつがここにおびき寄せたからこんなことになった、裏切り者、という具合に。ですが解放された後、陛下がおっしゃったのです。リリトは一年、陛下の世話をし、陛下をなぐさめたと。そして陛下は恨んでないともおっしゃってました」
 宰相はあごに手を当てる。
「そのリリトさんは、どのような方でした?」
「明るい女官でした。陛下と年が近くて、陛下のお気に入りの女官でした」
 その女官が生きていれば、一年何があったのか、わかっただろうに。
「陛下は本当に気に入っておられたようでした。陛下が監禁された部屋というのは、ガロワ城でも塔の一番上の部屋だったそうですが、その部屋の前には、逃げ出さないよう、竜が階段の前に足を鎖で繋がれて、通せんぼしていたようなのです」

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