翼なき竜

17.竜族の秘(2) (1/5)
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「私が今宵来るということは、どこからお知りに?」
「女官のマガリからだ」
 オレリアンは思い出す。夜這いの手引きをしてくれた女官だ。妙に積極的に手引きしてくれたと思ったが、こういうことか。
「それよりオレリアン殿。夜這いに来て、私が兵を呼んだらどうしたんだ? 国際問題だぞ」
「陛下が事を大げさにしようとするならばそうなるでしょうが、そうしないと思いましたので」
「随分自信がおありのようだ」
 女王は苦笑しながら、ワインの栓を開ける。用意されていた二つのグラスに注ぎ込む。
「お待ちいただいていたということは、よろしい答えが来るということでしょうか」
 オレリアンは椅子の背に手をかけた。
「さあ。オレリアン殿にとって、よろしいかどうかは。……愛人の件はなしです。宰相が決めたので」
 オレリアンの目が細められる。
「……どうやら歓迎されてないようですね。貴国は我がドウルリアを、まだ疑っておられますか?」
「いいや。でも、宰相が決めたから」
 宰相、とオレリアンは口の中で転がす。
 ドウルリアにとって、ブレンハールの宰相は、恩人でもある。
 何せ女王が攻め入ると言ったとき、それを諫めたというのが宰相だから。
「……宰相殿は、嫉妬深いお方ですね。彼には感謝しているからこそ、婿ではなく愛人と妥協したのに……愛人ですらダメだとは」
 困ったようにオレリアンは微笑む。
「ですが私はこのままで帰国するわけにはまいりません。これでは、私が来た意味がありませんので」
 オレリアンは女王の前に、覆い被さるように立つ。
 問題は宰相が嫌だと言うことではない。女王を納得させることにある。女王に愛人として認められれば、それで任務は達成する。恩人である宰相には悪いが。
 燭台のろうそくの火が揺らめく。
 オレリアンがテーブルの上に手を乗せたとき、不思議そうに女王が訊いた。
「……そもそも順番が違うのではないかな?」
「順番……?」
「オレリアン殿が私の愛人となるのは第二目標だろう」
「何の話です、一体」
 オレリアンが怪訝そうに眉を寄せるのと対照的に、女王は笑みを浮かべた。
「『竜を操る秘技を知れないのであれば、ブレンハールの女王の愛人になってこい』――それがドウルリア国王の命令ではなかったか?」
 オレリアンは目を見開き、絶句した。
 その会話はドウルリア王宮でのことだ。もちろん情報が流出しないよう、出入りに気を配っている、国で最も厳重な場所。国王、王弟、共々、もちろん間者の存在には、常に気をつけている。
「……ブレンハールは、優秀な間者をお持ちなようですね」
 オレリアンは何とか、声を振り絞った。
 王宮内部に間者がいる。そして会話の内容が、ブレンハールに漏れていた。……ということは、ドウルリア国王が、ブレンハールに敵愾心を持っていることも、知られている可能性がある。
 それどころか、ドウルリアが本当にラビドワ国に武器を援助した、ということさえ知られれば……。
 勝ち目のない戦争。侵略。という文字が、オレリアンの頭の中にぞっとする響きをもって浮かんだ。
 今、女王はすでにそれを知っているのか? まだばれていないのか?
 疑い、惑い、隠すための笑み、それらが混然となって、オレリアンの顔は不自然な表情を作る。
 女王は場の雰囲気を和らげるように笑う。
「現在我が国は、貴国と友好関係を築きたい。大事なのはそれだ」
「…………」

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