翼なき竜
14.英雄の場(2) (1/4)
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めくるめく詩的なセリフが、役者達の口からこぼれる。
歴史的英雄に扮装した彼らの芝居は、見る者にその世界に浸らせ、その悲劇的運命に同情し、涙をこぼさせるのに十分だった。
『英雄』最終幕。
至る所ですすり泣きが聞こえる観客席の二階。
特別観覧席に、女王はいた。と言っても、王城ではなく城下の芝居小屋みたいなものであるから、立派な席というわけでもなかった。カーテンも薄汚れている。
近頃評判だという劇を見に来ている彼女は、空虚な目であった。
ただ目を見開いてはいるが何も見ていないような、うつろな表情。
『……この劇、つまらないの?』
ギャンダルディスが壁から姿を現すと、女王はびくっと姿勢を正す。
人型のギャンダルディスを、しげしげと見つめる女王。
「その人型の幻影、現れられるのは王城内だけだと思ってた」
他の人に聞こえないような、小さな声。
ギャンダルディスの声は他の人には聞こえない。もちろん姿も見えない。だから普通に会話すると、まるで女王が一人で話しているようで、不気味に見える。
女王はギャンダルディスと話すとき、人の多いところではささやき声となる。
『まあ、本体からあまりに離れるとだめだけどね。ぎりぎり城下なら姿を出せるんだ』
幻影を出すのは、その竜の力が関係する。まだ若いギャンダルディスは、城下までが精一杯だ。年を取れば、大陸の東に竜の本体がいて、西の端に人型を出すこともできる。
「ふうん。便利だな」
『まあね。で、この劇、面白くないの?』
「面白いと思う。脚本が光っているな、これは」
と言いつつ、感情的なところが見られない。
『でもレイラはあんまり見てなかったよね』
「……ちょっと考え事をしていて」
『退位のこと?』
女王は難しい顔をしている。
「ジャキヤ地方で洪水があったそうだ。物資の提供は宰相がしているだろうが、軍の派遣は私の権限にある。どうしたものか、と」
呆れたようにギャンダルディスは肩をすくめる。
『何言っているの。そんなこと考えなくていいんだよ。君はもう王ではないんだから』
「……次の王が決まるまでは、王ということになる」
ギャンダルディスは彼女の後ろに立ち、肩に手をかけた。そして子どもに言い含めるように、ゆっくりと耳元で言い放った。
『いいかい? 君はこの国に必要ないんだよ』
劇はクライマックスを迎える。英雄を刺し殺す息子の苦悩――。
『君がいなくても、この国は十分やっていける。君が王でいる必要はまったくないんだ。むしろいない方がいいくらいだ』
英雄の息子は父のなきがらにすがり、嘆き哀しむ。
『他の人達は、君が必要だ、なくてはならない、と、さも困ったような顔をして言うかもしれないけれどね、そんなの嘘だよ。いいかい、誰から何を聞いても、誤解してはいけないよ。特に宰相、彼の言うことを聞いてはいけない。彼はきれいな言葉で説得しようとするだろうけど、形だけだよ。本当は君を必要としていないんだから』
ギャンダルディスは女王に繰り返し繰り返し、必要としていない、と告げた。ゆっくりとわかりやすく、一滴一滴毒を染みこませるように。別の考えを抱かせないように……。
舞台上にいるのは、いつまでもいつまでも号泣する英雄の息子。
本当は殺したくなかったんだ、本当は生きていてほしかったんだ――そんな感情がよくわかる慟哭、セリフ。
物語は、悲しく終わりを迎える。
拍手の嵐、泣き声の渦。
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