翼なき竜

13.英雄の場(1) (1/5)
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「宰相閣下! 南のジャキヤ地方で洪水です! 領主から救援の求めが!」
「閣下! 旧ラビドワ国領地の、カプル国との分割協議ですが……」
「逃走したラビドワ国王族が見つかったと……」
「商人たちから、関税を引き下げてほしいとの嘆願書が……」
 宰相の執務室は、王城で最も忙しい部屋となっていた。
 紙が舞い、人があふれる。
「分割協議の報告書はそこに置いておきなさい。関税引き下げの嘆願書は見ておきます。もう少し待つよう伝えるように。ラビドワ国王族はその場で留めておきなさい。洪水の件は、物資の支給を」
「領主は、王軍の派遣を要請していますが」
「王軍の派遣の権限は、女王陛下にあります。宰相の私にはできません」
 苦しい顔をする宰相は、こぶしを強く握りしめた。
 宰相はひとつひとつ判断を下し、できる限りの命令をしていったが、その命令にも限界があった。先延ばしにするためのものばかりだ。
 宰相と王とは、権限が違いすぎる。
 国の大事をなす事柄についての判断は、王に委ねられている。王権を守るためには、宰相は苦しい先延ばしをするしかなかった。
「宰相閣下、限界です! 関連部署で、問題が続発しております!」
 国王絶対主義体制を築いたのは、女王の父・エミリアン先王である。20年の在位の間に、国の体制は、王なくしては動かないように作り変えられた。
 そう。王なくして、この国は立ち行かない。
 そんな体制なのに、女王は政務を一切しなくなった。
 退位する、と言って。
 だがそれを、はいそうですか、と受け入れられるはずがない。エル・ヴィッカの戦いの英雄たる彼女が急に退位するなんて、誰もが認められるわけがなかった。
 それに何より、次の王の問題だ。
 女王には兄弟がいない。先王にはギョームという弟が一人いるが、彼は女王との王位継承戦争に負け、北の塔に幽閉されている。彼はそのとき、王位継承権を失った。そしてギョームには子どもはいない。
 現在、直系の王位継承者が存在しないこととなる。
 そんなとき王位はどうなるか、法の文言では、北に広大な領地を持つ、ゴセック家から王位継承者を選び出すことになっている。ゴセック家の遠い先祖は、人竜戦争のときに和平を築いたアルマン王の弟だ。
 女王から急に退位するとの話が出て、一番驚いたのが、ゴセック家の人々だった。
 ゴセック家はのんびりとした領地経営をおこなって、王位だとか謀略だとかとは無縁で平和な生活をしていた。だから急に次の国王を出せ、と言われても、領主自身が固辞するし、息子たちも震え上がるし、まさか何かの罠なのでは、と家中が混乱の渦と化している。
 宰相としてはありがたいことだった。
 次の王が決まらないうちは、女王は女王であり続ける。
 女王が退位するとは、おおやけに発表はされていない。だが、王城ではかなりの噂となっている。女王が政務を執らないことで、大きな影響が出ているのだから、当たり前だ。
 ……けれど、そんな噂だってどうにでもなる。女王が再び女王として働くようになれば。
 次の王が決まらない間は、説得する時間がある。
 ……ゴセック家が混乱の渦にあるとの報告を聞いたときは、宰相はほっとしてそう思えた。
 しかし、女王はあくまで退位するつもりのようである。
 彼女は、王城から、ほとんど姿を見せなくなったのだ……。
「女王陛下を探しなさいと言っているでしょう! 兵は何をしているのです!?」

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