翼なき竜
11.無翼の雨(1) (1/6)
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街は浮かれ、沸き立っていた。
戦争に勝利したのだ。しかも、我らが女王陛下が率先して戦場で戦い、素晴らしい武勇を見せたのだという。これで浮き立たない方がおかしかった。
そして、その女王陛下が今日、帰還なされる。
街では今か今かと、陛下の凱旋を待っていた。
素晴らしい勝利、素晴らしい女王。
ただ一つ残念なのは、空は厚い雲がたれ込め、今にも雨が降り出しそうなことだろうか。
そんなお祭り騒ぎの街を尻目に、王城では宰相が、書類にうなっていた。
ラビドワ国軍は、予想よりはるかに多くの武器――それも最新鋭の――を所持していた。あきらかに別の国からの援助を受けていたのだ。
ラビドワ国が滅んだ今、その援助をした国というのが問題なのである。ひそかに、我が国に敵対しようという国――かなり重要な問題だ。
部下や間者に調べさせたところ、一つの国が浮かび上がった。
南方のドウルリア国。
我が国と同盟を結び、貢ぎ物をもたらす従属国である。
本当にそうなのか、さらに調べを進めているところだが、真実ならば外交上の大問題。
へたをしたら、さらなる戦争――……
「失礼します、宰相閣下」
扉が叩かれ、部下が入ってきた。
女王が街に到着したのか、祝勝会の準備に何かあったのか、と立ち上がる。
「エミリアン様とセリーヌ様が、正殿へお越しになられました」
神の右に人、左に竜、という神話の絵画が円い天井に描かれた正殿に、この場では珍しい人物が二人もいた。
セリーヌの服は西風のドレス姿で、頭はたっぷりとした巻き毛である。丸いふくよかな顔はつややかでしわもなく、御年50には見えない。さすが、苛烈に美を競う後宮内で生き抜いた人物である。
「宰相、お久しぶりでございますね」
彼女は手を差し出してきたので、その手を取って、軽く口づけた。
「はい、王太后様」
先王・エミリアンの正妻であるセリーヌは、女王即位以後、王宮の片隅で暮らすようになっている。病を得た先王と共に。
宰相は心配そうに、先王の姿を見る。
ステッキを持ち、巻き毛のかつらをかぶるエミリアンは、骨の上に皮をかぶせたようにやせ衰えている。彼が王であったときに発行された銀貨に描かれた姿とは、格段に違う。
「お身体の方は、大丈夫でしょうか、エミリアン様。無理をなされているのでは……」
「一日程度、もたぬものではない。娘が――女王が凱旋なされるというのだ。寝ている場合ではなかろう」
先王の言葉ははっきりとしたものだった。ただ、ステッキを持つ手は、常に震えている。
やはり、10年前からの病は、確実に彼をむしばんでいるようだ。
「……今回の戦、立派なものであったな。女王陛下の采配のすばらしさよ」
そうでございますわね、と王太后がうなずく。
「宰相よ、今後も女王陛下の命令をよく聞き、よく実行せよ。天はこの国の王に正義を与えた。臣下の第一としてすべきは、その王の言葉こそ正義であり真実だと、重々知ることぞ」
そうでございますわね、と再び王太后がうなずく。
宰相は何かがひっかかった。それは違うのではないか、と思いつつ、あいまいに笑っておいた。
王太后セリーヌはひとしきりうなずくと、宰相の顔をまじまじと見上げる。
「何でしょうか、王太后様」
「……いえ、宰相様と似たお顔を、昔見たことがあるような気がして……誰でございましたかしら……」
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