翼なき竜

6.城下の夕(2) (1/5)
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 大国の首都は、混沌としていた。
 西と東との文化が融合し、そのどちらでもない文化ができあがっていた。
 宗教が違えば、もしかしたら分離したような街になっていたかもしれない。が、幸いにもこの国の人々はほとんど一つの宗教を信仰している。つまり神が人々を結びつけている。
 乾いた石造りの家の隣に、煉瓦造りの家がある。
 ターバンを巻き付けたような男が歩く同じ道を、ドレスを着た女性が歩く。
 だから東風に黒いベールを身にまとった女王と、西風のきらびやかな姿をマントで隠している宰相は、街に違和感はなかった。
 人は多い。街の人々は肩をかすめて通り過ぎていく。多すぎて動けない馬車もまた道を占有している。
 あまりに混みすぎていることから街の開発計画を考えつつ、すたすたと歩く女王を追う。
「こんな人ごみの中にいるなんて危険すぎます! せめて兵士を連れて……」
「あんな目立つやつらを連れていたら、お忍びの意味がないじゃないか。ほら、普通にしていれば、誰も私たちのことを気づかない。この先にいろいろ揃った市場があるんだ。日が暮れる前に行こう」
 宰相はは呆れて声も出なかった。この慣れ具合は、何度か街に来ているのは明白。
 口を尖らせようとしたが、女王が、な、と生き生きとした笑みを向けるもので、言葉をなくした。
 ゆるい風が吹き、女王のまとう黒いベールが揺れる。口も頬も髪も全てを覆った女王は、目許しか見えない。だが、その目が美しいのだ。黒鉛のように純粋で底の見えない色。
 そういえば、初めて出会ったときも、女王はこんな姿をしていた。
 宰相は懐かしく思いながらそのときのこと、数年前のことを思い出す。

   *   *

 宰相が城に来たばかりの頃は、宰相ではなかった。
 東の領地の跡取りとなることは放棄し、イーサーと呼ばれるただの男だった。宰相となった今では、名を呼ばれることは限りなく少なくなったが。
 そのときのイーサーは何の地位もない男だったが、東の領地の赤字解消した手腕を買われ、城に財務顧問として招かれたのだ。
 城に来たばかりのイーサーは、城の広大さに目をきょろきょろさせていた。国内の各地を訪れて政治や経済を学んだ経験があったが、首都に来るのも王城内に入るのも、初めてだった。今まで見たどんな街よりも広く、どんな城よりも大きかった。
 少々お待ちを、と言われて客室に案内される。
 そわそわとしながら待つ。
 財務顧問として呼ばれたからには、求められる以上のことをする気があった。東の領地ではうまくいった。それを一地方から国に広げ、全て同じようにいくとは思えないが、やる価値はある。いや、呼ばれた以上、しなければならない。
 ここで成功しなければ、身を立てなければという焦りが、イーサーの手のひらにうっすら汗を作る。ここまで来たからには逃げる場所はどこにもない。泥沼の王宮の権謀術数の中で生き抜き、勝ち上がり生き残るしかすべはない――
 崖っぷちの決意をする彼に、風が、吹き込んだ。
 開け放たれた窓からだ。
 緊張と焦りの熱が、少し冷めた。
 手のひらの汗を自覚すると、冷静にならなければ、と思える余裕が出てくる。
 まだ最初の最初だ。こんなところから緊張しすぎては、何を失敗するかわからない。
 イーサーは椅子から立ち上がり、窓へ向かった。
 もっと風を浴びれば、静かにリラックスして考えられるだろう。

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