TOP>Novel>「だから彼女は花束を抱える」Top
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――1――
鮮やかに、ただ鮮やかに。
狂おしいほど求める、手に入れられぬ愛のように。
失うものの、鮮やかさといったら。
失ったものの、鮮やかさといったら。
ジギスムント。
かの人に関しては、どんな人間なのかよくわかっていない。
事実だけを述べるなら、レーヴェンディア王国の王子で、後に国王となった。
「余はレーヴェンディア国王ジギスムント二世」と、凛としてかの人は死の間際、言った。
でも、それだけでは何も分かっていないのと同じなのだ。
ここに、かの人の半生をたどろう。
聖剣ハリヤを持ち続けた武王を。孤独で哀れな王様を。一人の、男を。
* *
ジギスムント王子は剣をぶんぶんと振り回しながらやってきた。その顔は喜色に満ちている。
雨がしとしとと小降りだ。東の森の離れに、彼らはいた。
「ジギスムント王子、剣をそのように振り回しては危ないですよ」
やんわりとたしなめたのは、この場で最も年長のロタール。しかし、最も年長と言えど、彼とて十三歳だ。金の髪を、大人のように後ろに撫で付けている。
ジギスムント王子は振り回すのをやめて、剣を前に抱えた。大事そうに。
見ると、その鞘には大きなルビーを中心に、絢爛豪華な模様が彫られている。
「そのけん、どうしたんですか? おうじさま」
尋ねたのは、この場で最年少のエディ。八歳だ。茶っぽい金髪は短く刈られ、わんぱく少年そのものといった、いでたちである。
顔を赤くして走ってきたジギスムント王子は、ぎゅっと抱えてうつむきながら、照れていた。
「父上に、いただいたんだ」
父上とは、当時レーヴェンディア王国の国王・シグルド八世のことだ。
レーヴェンディア王国は、三百年の歴史ある、中央大陸において南方の王国。
「聖剣ハリヤ、なんだって」
ジギスムント王子の小さな声に、ほんの少し、自慢するようなものが混じった。
「聖剣ハリヤ!? あの、伝説の、レーヴェンディア王国秘蔵の宝ではありませんか」
驚いたのはロタール。
「聖剣ハリヤって何ですの?」
訊いたのは、この中で紅一点・カタリナ姫だ。彼女はジギスムント王子の妻である。しかし、年齢は九歳。ジギスムント王子も十一歳の夫婦だけに、遊び友達といった感覚だった。ゆるいウェーブがかった長い金髪は、そのまま背に流されている。
「絶対神・ハリヤが、悪魔を打ち倒す神魔戦争の際、使ったといわれる聖なる武器です。レーヴェンディア王国は、その前に首都アルジャを支配していたガリスタ帝国から戦争に勝利する際手に入れて、そのガリスタ帝国も、その前にアルジャを支配していたバガリ=シルタから手に入れて……と、系図をたどると、神の御世まで続くらしいです」
おお、とエディとカタリナ姫が声を上げた。
「そんなすごい剣を国王陛下からもらうなんて、ジギスムント様、すごいことなんですわねっ!」
「すごいです! ジギスムントさま!」
顔を真っ赤にして、ジギスムント王子は照れた。
「もっとよく見せてくださいませ」
と、カタリナ姫は近づいて、文様に触り始める。
「姫、危険なのですからね」
と、ロタールは注意した。
ロタールとエディは、ジギスムント王子の侍従だった。彼らは名門の貴族の出である。父親たちから、今後のために王子と親しくなっておけ、と命じられて幼少の頃からこうやってよく遊ぶ。ロタールはその辺りのことは自覚しているのだが、エディは年のせいかあまり考えていないようだ。
ジギスムント王子はというと、兄弟のように考えている。無論、ロタールが兄で、エディが弟だ。生まれたときから一緒なので、そう考えても不思議ではない。
雨が、いつの間にかやんでいた。
「この剣で、ちゃんばらごっこしようよ」
ジギスムント王子は言った。
「こ、この聖剣で、ですって!?」
「ロタール。ちょうど雨がやんだしさ、外で一度振り回したいよ」
この国の人々は、黄金の髪に浅黒い肌をしている人ばかりだ。ジギスムントは、髪は黄金なのだが、肌は白い方で、北方の民族だといっても通じそうな容姿をしていた。肩の辺りまで、まっすぐで見事な金髪をそろえている。
「ほら、エディ。行こうよ」
ジギスムント王子は剣を抱えて、外に出てゆく。
エディは何にも考えずに、わーい、とジギスムント王子についてゆく。
ちょっとお待ちください、とロタールはあわてて付いていって、カタリナ姫は見物をしに、ドレスの裾をつまみながらついていった。
カタリナ姫は、ふと空を見上げた。
「ジギスムント様っ! エディも、ロタールも!」
カタリナ姫は空を指差した。つられて他の男の子たちも空を見上げると、そこには大きく広がる……虹。
虹は木々生い茂るこの東の森の離れで、緑に映えていた。
まさに、天上を架ける橋。絶対神ハリヤが厳かに歩んでいてもおかしくないほどの、立派な虹。
ぼんやりと、四人は見つめていた。
「……きれいですわね、ジギスムント様」
「……うん。うん、とってもきれいだね……」
ぴちゃん、と葉からしずくが落ちて、音楽を作り出す。
消える虹に、落胆のため息。そして、ジギスムント王子は「もう一度こんな立派な虹を見たいね」と言った。
それは……叶えられなかった。
ジギスムント王子が聖剣ハリヤを下賜されたことに、レーヴェンディア王国の王宮ではそれほど話題にならなかった。
それは、国王シグルド八世の性格による。
彼の後宮には多くの女性がいた。多くの息子がいた。
国王シグルド八世は、「あれを王太子にしてもいいかなぁ」と、不用意に発言するような男だ。それも、その場の気分次第で、ころころとその指名を変える。同じく、気分次第でいろいろと下賜する。
それに最も振り回されたのは、ジギスムント王子の母親だった。
彼女は、他の女の息子がそのような発言を受けるたびに、その王子の暗殺を依頼したのだった。
おかげで、現在王子として生き残っているのは、ジギスムントと同母の兄・アルブレヒトだけだ。
そのことも、国王にとってはどうでもいいことらしい。
国王シグルド八世は、その気分次第の性格を、政治の面にも反映している王だった。
戦争をするのも、内政のことも、税金のことも、寵愛するのも。
落日のように、レーヴェンディア王国は、傾いていた。
そのことに、幼いジギスムント王子は気づいていなかった。
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