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「RPG後」


 そして、平和な世界が訪れました。
 勇者はお姫様と結婚して、いつまでも幸せに暮らしました。


 がりがりがり、と地面に複雑な魔法陣を描いているのは、一人の女魔道士だった。
「しっかりと見張ってなさいよ」
 描きつつも言葉を投げかけた相手は、そわそわしている拳闘士。
「だ、大丈夫なの〜? これ〜」
 ムッキンマッチョの拳闘士は、体に似合わずおどおどしている。ちなみにスキンヘッド。
「大丈夫じゃなくてもやるのよ! あんのアマにばかりいい思いさせてたまるか! よくも、よくも、狙っていた勇者を寝取りやがってぇ!」
 恨みを全てぶつけているかのように女魔道士は魔法陣を完成させてゆく。
「や、やめようよ〜。仮にも相手はお姫様と勇者だよ? それに今日はお姫様と勇者の結婚式じゃないか。二人の結婚を邪魔するなんてさ〜!」
 そう。今日は人生最悪の日。勇者と姫の結婚式の日だ。
 あの頃はよかった、とはまだ20代で言いたくセリフランキング上位だろうが、魔王退治を目指して旅していたあの頃はよかった。
 なんてったってパーティに女は女魔道士ただ一人。紅一点というやつだ。いわゆる逆ハー(逆ハーレムの略)。
 幼馴染の男が勇者だとわかってからというもの、猛アタックを繰り返した。
 女魔道士の身体は、男なら誰でも振り向かずにはおれないお色気ムンムンなボン・キュッ・ボン。自称似ている有名人は、峰不二子。大きな胸を強調するような服。もちろんへそ出しルック。そして曲線美を重視したミニスカ。これはどこだろうと雪原だろうと風邪をひこうと変えない。美学というやつだ。
 無論、それらを魅力的に見せるように、多くの工作をこなした。さりげなく胸を押し付けたり、身体をすりよせたり。
 そんな地道な努力にもかかわらず、最終的に勇者が選んだのは姫。
「今でも信じらんないわっ! 魔王にとっつかまっていただけのアマが私を差し置いて選ばれたことに!」
 怒りと憎しみと嫉妬のあまり、がりがり描いていた魔法陣が少しはみ出した。
「ええ〜? だって、旅の途中テレパシーでいろいろ助けてくれたじゃないか〜」
「おだまりっ!」
 持っていた杖を拳闘士相手に投げた。
 いて、とぶつかって、当たった額をさする様子に、女魔道士はいらいらを抑えきれない。このナイスバディ(死語?)で魅了したのは、結局この愚鈍な拳闘士のみ(スキンヘッドは好みじゃない)。他に男は三人もいた逆ハー状態だったのに。
 のんきそうな声が響いた。
「女魔道士、城の地下で何をしているんだ、いったい」
 その声に、見るからに女魔道士の顔が変わった。
「ゆ、勇者〜〜!」
 拳闘士を押しのけて女魔道士は勇者に抱きついた。
「勇者〜。今からでも遅くないわっ! 私と結婚しましょ、ね?」
「ええ……?」
 まんざらでもなさそうな勇者の様子に、イケる、と女魔道士の目が光った。
 しかし、のりでくっつけたかのようなその二人をびり、と引き剥がす存在があった。
「……女魔道士さんったら、ご冗談がお好きねぇ」
 ついでに勇者の腕に自分の腕を絡みあわせるのは姫だった。
「勇者様ったらぁ。この姫を捨ててしまうおつもり? 姫、か〜な〜し〜い〜」
 と、目を潤ませる姫の様子に、ち、と女魔道士は舌打ちをした。この女の勇者限定ぶりっこは筋金入りである。
「女魔道士さんもぉ、姫から勇者様をとっちゃい・や」
 姫は女魔道士のすぐ近くまで寄ると(勇者には聞こえない)、
「てめえ、ひとの男に手ぇだすなら殺すぞ、ん?」
 と、ドスのきいた声で囁いた。女魔道士の顔が引きつる。
 ちなみにこの態度は勇者以外の他の男たちにも使われる。なものだから、拳闘士などは怖がって、今も女魔道士の後ろに隠れている。
「どうしたんだい、姫」
「なんでもないのぉ。姫と女魔道士さんは、オトモダチなのよ。
 女魔道士さんは独り身だから、ラブラブの姫と勇者様に嫉妬しているのよぉ。ね?」
 こんのアマぁ……!
 思いっきり魔法をぶちまけてやりたい。炎で燃やしたい。氷漬けにしたい。雷でしとめたい。
 オーラから女魔道士の考えていることを悟ったのか、後ろから拳闘士に羽交い絞めにされた。
「ほら、結婚式、もうすぐ始まるわ・よ」
 そう言いつつ姫は階段を上ってゆく。ついてゆく勇者の服のすそを、女魔道士はしっかとつかんだ。
「勇者! ほんとに、私じゃ……だめ?」
 さりげなく両腕で胸をはさみ谷間を強調しながら、潤んだ瞳で下から見上げる攻撃。
「ぼ、ぼくだったらいつだって〜……!」
 拳闘士が突進してきたので、杖をぶん投げた。瞳はただ勇者を見つめ、拳闘士を目にも入れずに、ただ勘だけで杖を命中させるという高等テクニックだ。
「そりゃ、女魔道士もいいけどさー」
 ぽりぽりと頭をかく様は、のんきそうなものである。
「でもさ、おれ、勇者じゃん? で、おれたち幼馴染じゃん。
 幼馴染とくっつくなんて、庶民的すぎない?」
 女魔道士の身体が石化したかのように固まった。
「は?」
「もうおれも、勇者なんだからさー、それなりに高レベル狙わなきゃ、笑われるでしょ。もう、昔とは身分が違うっていうか。
 勇者っつっても時間が経てば忘れられるだろ? おれの人気がある間に、地位も金も手に入れなきゃ。
 売れている間にバンバン稼がなきゃだめだろ」
 ……お前は芸人か。
「てか、今何気に失礼なこと言ったわよね。
 私、高レベルでないなら、低レベルなわけ?」
「だって、女魔道士のいいとこってカラダだけ……」
 ずもももも、と不穏当な音をさせ、女魔道士の魔力が上がってゆくのが拳闘士と勇者に感じ取れた。
「勇者様ぁ、なに、もたついているんですかぁ?」
 再び帰ってきた姫。
 あわわ、と勇者と拳闘士があわてているのにも気づかず、髪の毛が逆立って魔法陣の中央に立つ女魔道士を見ると、姫は、ぷ、と笑った。
「女魔道士さん、般若みたいな顔してるぅ」
 この世界に般若の存在があるのかはともかく。その言葉に女魔道士の瞳が、くわっ、と見開かれた。
「こんのアマあああぁぁぁぁぁぁ!」
 杖を魔法陣の中央につきたてると、その魔法陣が輝きはじめ、城中が光に包まれた。
 城はいたる場所で崩壊し始め、きゃー、うわー、などという悲鳴がそこらかしこで聞こえる。尖塔は崩れ、地震が起こったかのような状態。
 そして拳闘士と勇者、姫ががれきの中から脱出して(さすが魔王を倒すレベル)、上を見上げると、城よりも巨大なドラゴンが一匹。
「あんたたちの結婚式なんてぶち壊してやるわ!」
 ドラゴンがびし、と勇者と姫を指差して言った。だから、そのドラゴンが女魔道士の変身した姿だということが皆分かる。
「お、女魔道士さん〜! こんなに城が壊れたら、もう結婚式どころではないよ〜」
 拳闘士は大声を張り上げた。
「え? もう目的達成? でも、むしゃくしゃして物足りないわ……ええい、いっそ、このまま第2の魔王として君臨しようかしら……
 虫けらのような人間どもよ! 今から生け贄を要求するわ! 見目麗しい、10代〜30代までの男を1000人集めなさい! 鬼畜・ショタ・メガネ、その他様々なタイプをそろえるのよ!」
「お、女魔道士さん〜!」
 新たな魔王の出現に、城近辺の人々は悲鳴を上げた。
「おい! お前、女魔道士だな?」
 声が上がったのは、城下町の小高い丘にいる男からだ。
「……! あんたは、剣士!」
 かつての仲間の男である。不自然に髪が右目を隠して、なにかあるたびに、ふ、とその髪をかきあげるキザ男。魔王退治と共に、再び旅に出たが……
「勇者と姫の結婚式だと聞いて来てみれば……! どこまでもお前はトラブルメーカーだな!」
「はん! どうせママが恋しくなって帰ってきたんでしょうが! この私の魅力に気づかない、変態が!」
 顔立ちが良かったものだから、かつてこの剣士にもお色気で迫ったこともあった。しかし、ぜんぜんまったく、相手にされなかった。マザコンだというのは、すぐにわかった。
「マザコンの何が悪い! だいたい貴様のせいで故郷に帰れず、旅をするはめになったんだぞ! 相手にしなかったからって腹いせにおれが『ホ○』だとか『変態』だとか噂を流しやがって!」
「あんたのマザコンは変態レベルよ!」
「なんだと? おれとママンとの深い絆を語る思い出は10年前の……」
「もう魔王退治のときにイベントで聞いたからいいわよそれ」
 もう我慢がならん、とばかりに剣士が剣を抜いた。
「腐れ外道の貴様を倒して汚名を晴らし、勇者になってやる!」
「面白い! やれるものならやってみるがいいわ!
 オーホホホホホホホホホ!」
 ドラゴンは身を捩じらせて高笑い。ぷるんぷるんと胸が揺れるのは変わらない。
 かくして、第二次魔王退治が始まった――
 ちなみに元勇者たちはその後、魔王二世を喜ばせるホストクラブを開設し、即座に国を裏切り魔王の家来となった。


 半壊した教会にたたずむ神父が一人。彼はかつて、彼らと共に魔王退治を目的としたパーティの一員であった。
「いつになったら平和な世界が来るんでしょうね……」
 細目をさらに細くさせ、遠くを見る神父。
 ――とりあえず、まだ先のようだ。








  後書き
えーこれは、一年ほど前(2005.9くらい)に、部誌のために書いた短編です。何だかいろいろと修正して出したかったのですが、もう、ほぼそのまま。



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