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お題・拙く(翼なき竜 2)
「さて、第48回の女王陛下お婿さん会議を開催する」
ぱちぱちぱち、と拍手が上がった。老臣たちと老神官の、全てしわくちゃの手によるものだ。
「もう48回か。長いものじゃのう」
「そうじゃなあ、これまでいろいろあったものじゃ」
しみじみと彼らはうなずいている。
――そもそもどうしてここで会議を。
そう思っているのは、この執務室の主である、宰相だ。
執務中に急にどっとやってきて、会議を開く、とか言われて。部屋なら王城にいくらでもあるだろうになぜここなのか、と問うと、「気分転換じゃ」と答えられた。
そりゃあ48回もしていれば飽きがくるだろう。
無視していようかとも思っていたが、その議題に耳をそばだてるのは仕方ない。
「周辺国家の王族には女王陛下は見向きもされん。先日来訪されたドウルリアの王弟オレリアン様も愛人にすらされなかったしの……」
しょんぼりとした会議の議長。しかし、くっと顔を上げた。
「ということで! 視点を変えてみてはどうじゃろうか。国内の人間を候補者として考えてみるのは」
ざわざわとざわめきが起こった。
「国内の人間じゃと? ばかな、血を受け継ぐ直系王族は、陛下と叔父のギョーム様のみ。他にろくな王族などいないではないか」
「うむ。だからして、王族から一歩離れてみてはどうかとな」
「なんじゃと、王族でない国内の男? ありえん、だめじゃだめじゃ」
「そう言うな。そもそも我々は、陛下の好みをもうちょっと考えてみるべきではなかろうか。陛下が好む男というのを研究すれば、陛下が結婚してもいいと思い、かつ王族となるに適した男が見つかるのでは?」
うむむむむ、と老臣達は渋面を作りながら沈黙する。難しい顔をしているが、表だって反対する気はなさそうだ。
それを見ていた宰相はというと、王族でない国内の男、というところで胸を躍らせた。それだったら自分だって含まれる。
「ではまず、陛下の親しくしている男で、最もマシと思われる男から考えてみようか」
「誰じゃそれは」
「アンリ=デュ=コロワ。デュ=コロワ家の当主にして、竜騎士団長じゃ」
その名に、宰相は目を見開いた。デュ=コロワが、一番の女王の婿候補!?
おおお、と津波のようなどよめき。
「デュ=コロワ、か。西方の領主じゃな。国内で考えるなら、適した身分の者じゃな」
「陛下が騎士団にいたころの昔なじみでもある。今も親しくしておるの」
「王家に忠誠を誓い、竜騎士団での武勇も国中で聞こえるわ」
「さらに、独身じゃ」
口にされるデュ=コロワの中身の有利さに、宰相はだんだんと顔を青ざめていった。
――そ、そんな。
しかし、これだけの好条件にもかかわらず、老臣たちはまだ渋い顔をしていた。
「しかしなあ……」
「うむ……」
「あの、竜バカさえなければのう……」
はあ、とため息が重なる。
「あやつは王家に忠誠を誓っとるんじゃなく、竜に忠誠を誓っておるんじゃないかとさえ、儂は思うわ」
「竜騎士団で、かいがいしく竜の世話をし、竜としばらく離れていればため息をついて憂鬱そうにしている、という話も聞くしの。陛下と結婚するより、竜と結婚すると聞く方が信憑性があるぞ」
「聞くところによると、デュ=コロワ家の人間が強く結婚をするよう求めたところ、『竜より素晴らしい女がいるのか』と断わったとか……」
「そ、それは本当か。……陛下との結婚話を出しても、同じようなことを言いそうで怖いわ」
「……う、うむ。デュ=コロワはだめじゃ。そんな断り方をされれば、陛下の威信に傷がつく」
そうじゃな、と老臣たちはみなうなずいた。
宰相はほっとした。
「では次に親しい男といえば……」
宰相は、こほん、と咳払いをした。同じ部屋なのだから、聞こえるはずだ。
「デジレ=ブッフェンじゃの」
がっくりきて、机につっぷした。
「ブッフェン……あの最強と名高いフォートリエ騎士団長じゃな」
「しかし、平民じゃぞ。それに昨年結婚してなかったか?」
そうだ。彼は結婚している。昨年の夏、結婚祝いがどうとかで、宰相の館に泊まりに来ていた。
彼は安全圏だ、と思うと安心した。
「なあに、問題じゃったら別れさせればいいんじゃ。な、老神官殿」
ええ――!? そこまで!?
老神官も困惑気味だ。
「さすがにそこまでは……。それに陛下にはそういった問題のない、ふさわしい方は他にもいるんじゃなかろうか?」
ちらりと老神官は宰相の顔を見た。
彼はもしかして応援してくれている?
しかし。
「他にふさわしい男? おったかのー?」
「そんな男知らんのー」
「のー」
と、老臣たちは知らんふりしている。口笛でも吹きそうな気配だ。
ぷるぷると手を震わせながら、こらえる宰相。
「んん? 陛下とひどく親しい男……そういえばおったな」
老臣のひとりが、ぴん、と人差し指を上げた。
そうでしょう、そうでしょう。というか、まずまっさきに上げてくださいよ。
「そんな男おるか?」
「おるおる。ほら、みなも知っておるじゃろう? 竜のギーを」
びたん、と机につっぷす。
「なんじゃ、あの竜、オスじゃったんか」
「そうじゃよ。陛下が竜狩りに使い、飼っている竜じゃ。撫でているところも抱きついているところも見るし、誰よりも親しいではないか。ふ、ふふふ」
「ほほう、陛下はデュ=コロワと似たタイプの、竜好きな人間というわけじゃな。どおりで他の男との結婚にうなずかれないわけじゃ。ふぇっふぇっふぇ……」
老臣たちは、ちらちら宰相の方を見ながらみな笑ってる。
……からかってる……絶対からかってる……。
宰相はさすがに口を挟んだ。
「冗談はやめてくださいよ。竜が陛下の婿だなんて。真面目に話す気がないなら、部屋を追い出しますよ」
「……冗談とも言えんぞ」
いやに静かに言ったのは、老神官だった。
「書物によると、陛下の数代前の『泰平を築く覇者』であったエリーゼ女王は、竜は人の姿になれるのだ、と話されていたようじゃ。ぬばたまの黒髪と、りりしい顔立ちの青年に変わるのだとか。エリーゼ女王は、その人の姿に恋をされていたらしいぞ」
「え、冗談……ですよね」
竜が人の姿に変わるなんて、ばかな。それに恋した女王?
「『泰平を築く覇者』の方のみに、竜が変化した人の姿が見えるのだとか。エリーゼ女王の逸話はただのお伽物語だと思われておったが、事実でない、という証明はない」
「ほほーう。なるほどなるほど。どおりで陛下は他の男に目を向けないわけじゃ。陛下には竜という、秘密の恋人がおったわけなんじゃな」
ひどく面白そうに老臣が言う。
「そ、そそそんなわけないでしょう! ひ、秘密のこ、恋人って……!」
にやにや笑みを浮かべながら、老臣たちは畳み掛ける。
「そう考えるとつじつまが合うことが多いぞ。あんなおそろしい竜に進んで親しくして世話をしているのも、麗しい青年の姿を知っているからじゃな」
「ふむ。竜か。竜とは神聖な生き物。その竜を婿というなら、問題はないな。王族より貴重な存在なわけだしの。のう、老神官殿、竜と王族との結婚に問題はありますかな?」
老神官は戸惑いながら、真面目に答えた。
「……問題は、ない、の。人と竜は対等な存在と定義されておる。人と竜との宥和は、神の教えに沿うものじゃ」
「そ、そんな……!!」
宰相は立ち上がった。もはや執務どころではない。
すぐさま真実を確かめようと、竜の丘にいる女王に会いに行くべく、走った。
竜の丘は、ぽかぽかとした陽気の下にあった。
その下にいる、竜のギー。そのギーににんじんを食べさせながら撫でている女王。仲が良さそうなその光景を、宰相はそれまで微笑ましく思っていた。
しかし今、顔が白くなりかけながら宰相は、叫んだ。
「陛下〜〜!!」
「ん、なんだ、宰相」
「竜と、ギーと、恋人っていうのは嘘ですよね!? 結婚するなんて嘘ですよね!?」
「…………」
「ま、まさか、え、そんなっ! い、いくら認められるからって、竜は竜なんですからね! 大きすぎるし王城の小さな部屋の中には入れないし、しゃべれないし――って、陛下だけは声が聞けるんでしたっけ――とにかく、竜と、ギーと結婚するのはやめてくださいっ!」
一気に言ってから、はっとした。
女王は半眼で宰相を見ていた。心なしか、ギーも呆れたような目をしていた。
「私がギーと結婚するだと? そんな阿呆なこと、誰が言ったか知らんが、信じたわけか」
「えっ」
じゃあ、本当じゃない――
喜ぶ間もなく、冷たい彼女の声が飛んだ。
「ふーん。私はお前を恋人だと思ってたけどな。そんな阿呆なことを信じるなら、明日一緒に城下に行こうと誘おうかと思ったが、やめた」
「えっ、陛下、ちょっ――」
「もう知らん。勝手に誤解しておけっ」
女王はぷんっと怒ったまま、竜の丘を下りていった。宰相は、言い訳をしながら追いかけていった。
ふっふっふ、ふぇっふぇっふぇ、ひゃひゃひゃ、と笑い声が、柱の後ろで起こっていた。老臣たちだ。その少し後ろで、老神官が少し申し訳ないような顔をしている。
「バッカじゃのー、竜が人に変わるなどと信じおって。そんなわけあるはずなかろうに」
「いや……エリーゼ女王の話は本当じゃったんじゃが……」
老神官は、女王を追いかけている宰相を、ほんのちょっとだけ悪いことをした、という表情で見ていた。
「しかし、まさか竜と人が結婚できるなんてことを信じるとは……」
「宰相は女王陛下の結婚話、恋人話となると、こうじゃからなあ。普段の仕事ぶりと想像がつかんわ」
「ふふふ、宰相をからかうのは面白い。やはり若く拙い。次はどうやって宰相をからかってやろうかの」
わいわいと、老臣たちは、面白そうに話し始めた。
いつの間にか、女王の結婚より、宰相のからかいが主体となっていることに気づかずに。
今日もブレンハールは、平和でいい天気だ。