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お題 あの丘で(翼なき竜 1)




 レイラ=ド=ブレンハールの治世七年目の、春。
 宰相が呼び寄せたのは、一人の画家だった。
 服は絵の具か何かで薄汚れ、髪も櫛を通した様子はない。王城から呼び寄せたというのに、気を遣ったところはまったく見あたらない。
 宰相はため息をするのをこらえた。
 一年前に呼んだときもこんな様子であったから、驚きはしないけれど。
 ぎょろんとした目の画家は、一年前に女王の肖像画を描いた。問題を呼んだ『暗黒の魔物』というタイトルの絵を。
 黒い背景に何の装飾品もないぼろいベールをまとった嫌な表情の女王を描いた。
 それはそれで女王が許して話は終わったが、一年後の今日、再び女王の肖像画を描こうということになって、女王は言ったのだ。『去年肖像画を描いた画家に頼もう』と。
 ということで画家は再び王城にいる。
「今回も、女王陛下の肖像画を描いてもらいます。が、今回は前回のような問題は引き起こさないでください」
「……つまりどういうことだね」
「女王陛下の威厳とすばらしさを描いてください。見た人が女王陛下のすばらしさに思わず敬意を表したくなるような絵です。美しさはそのままに」
 厳しく指示すると、画家は下唇を前に出し、不満顔を作った。
「そんなものを描いてほしければ、追従画家に頼めば良いであろう」
 宰相もできるならそうしたかった。
「陛下が、あなたに描いてほしいとおっしゃっています。描いてください」
「…………。いやである」
「描いてください」
「いやである」
 宰相は苛立ちをなんとかこらえる。芸術家はこれだから……。
「前回の絵の褒美はたくさん差し上げたでしょう。今回はその倍を約束します。……私の願い通りの絵が描けるなら」
「金で魂は売り渡さん」
「なら何が望みです」
「ただ我が輩が見たそのままに描かせてくれれば、それでよいのである」
「見たまま? 前回の絵が、そのままですって?」
 どう見たって描き手の悪意が感じられるような黒々とした絵を、そのままとは。無礼すぎる。
 画家は目を細める。
「もし宰相殿の肖像画を描く機会を与えられたなら、目を閉ざさせるだろう」
「どういう意味です?」
「何も見えていないということである」
 宰相は机の上にあるこぶしをぶるぶる震わせながら、我慢我慢と心の中でつぶやいて、耐えた。女王がこの画家に描かせたいと言ったのだ。ここまで来て、帰らせるわけにはいかない。
「大体、我が輩は同じモチーフは描きたくないのだ。一年で人間はそれほど変化はないだろう。それでは意味がない」
「……あなたにとって、あの絵に描いたとおりに女王陛下が見えていたというのですか」
「そのとおりである」
 黒々とした背景。濃く黒い影の差す、傲慢さと卑小さの合わさったような彼女。
 ところが画家の語る解説は、その印象とは違った。
「他の色を塗りつぶすほどの苦悩に支配された女王。表情はその苦悩の振れ幅により、笑みにも哀しみにも見えるのだ。彼女は彼女自身で強い存在感を示す。マントも王冠もきらびやかなものは必要ないほどに」
「……そういう意味だったのですか」
 黒い背景も、装飾品が一つもなかったのも、微妙な表情も、全て悪意からだと思っていた。
 宰相は悪かった、と思いながら、でも見た限りでは悪い方にしか解釈できないような絵だ、とも思った。説明されなければそんな解釈できない。
 しかし苦悩って何だろう。
「なるほどそういう意味だったのか」
 ほほうと言いながらうなずいたのは、画家の後ろから現れた女王だった。
「って、陛下っ」
「交渉はうまく進んでいるかと思ってな。どうだろうか、今年もあなたに描いてほしいのだが」
 女王は腰を低くして画家に向き直った。
 画家は何かに驚いたように少し目を見開く。
「同じ形式が嫌だというなら、今回は変化をつけてみたいのだが、いいだろうか」
 そうして女王は画家に耳打ちした。
 画家はにんまりと笑った。


 いつもは女王の愛竜・ギーだけがいる竜の丘で、その晴れた日、いつもよりたくさんの人がいた。
 まず女王が竜の顔の横に立ち、その竜と女王の向かいに、キャンバスを立てかけるイーゼルの調整をしている画家。そして少し離れて宰相と近衛兵がいた。
「竜と人を一緒に描いたことはないのである。興味深い」
 画家は嬉々として用意をする。
「そうだ、宰相殿も、一緒にそこに立つべきである」
「私も?」
「ああ、それはいいな」
 女王も画家の提案に乗った。
 宰相は竜にこわごわと近づき、女王の隣に立った。
「……絵を描くのに数時間かかると思いますが……暴れませんよね?」
 宰相はちらちらと竜の顔を見る。爪を振るわれるだけで殺されかねないのだ、緊張してしまう。
 竜はくわっと口を開けた。
「!」
 宰相は思わず身構える。
 しかし、単なるあくびであったようで、再び口を閉ざす。
 宰相はびっくりして腰を抜かしてしまった。
「こら、ギー!」
 女王はしかりつけながら笑っている。宰相の腕を引き、立ち上がらせてくれた。

 こうしてのどかに、世にも珍しい、二人と一匹の肖像画ができあがることになった。



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