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お題 鮮やかに(だから彼女は花束を抱える)
「それは何だ」
クラレンス家の屋敷、玄関前で呼び止められたとき、パトリーはぎくりとしながら振り返った。
冷たい言葉同様に、冷たい表情の兄・シュテファンがいる。その後ろには彼の妻のシルビアがいて、パトリーを見ると「あら」と言って口に手を当てていた。
パトリーは男装姿で、籠をかついで、館を出ようとしていたのだ。
シュテファンは大きな籠に視線を向けている。気になっているようだ。
「えっと、りんごと魚の干物と塩と……」
籠の中には品物が詰まっている。
「それを持ってどこへ行くつもりだ」
「あの、いくつかの村を回って、行商してくるつもりです」
パトリーは緊張、萎縮しながら答える。
初めての行商に出ようという直前のことだった。昨日はわくわくしてあまり眠れなかった。
「そんなことをしなくても、小遣いは十分に与えているだろう」
確かに貴族だけあって、桁違いのお小遣いはもらえている。何を買うにもそれだけあれば十分だ。
けれどそういう問題ではないのだ。
パトリーは商売をしてみたいのだ。それも、土地の違うものを運び、売る、という形で。
黙っていると兄の視線が痛い。
ごく軽く、シルビアが問う。
「それはともかく、どうしてそのような格好を?」
ズボンにシャツにジャケット、という姿のことを言っているのだろう。女の子らしい色味でオーダーメイドで作ったからしっくりきている。
「ドレス姿だと動きにくくて。一人旅だし、特に動きにくいドレスだと面倒かなって思ったの」
「……一人旅だと?」
シュテファンは眉をつり上げる。
叱られると思って急いでパトリーは言った。
「あ、もう時間ですので、あたしはこれで! ちゃんとおみやげ買ってきますから、楽しみにしていてくださいね!」
言うとパトリーは籠を背負いなおし、玄関の大きな扉を開けた。
光が差し込み、その先へ向かうパトリーを鮮やかに照らしていた。
「……行ってしまいましたね」
窓からは、スキップしていくパトリーが見える。籠の品物もそのたびに浮かぶ。
門番は館のお嬢さんが男装姿で籠をかつぐ様子に仰天している。
「みっともない姿を」
吐いて捨てるシュテファンに、妻は反論した。
「そうですか? とてもパトリーさんらしいと思います。コーマック卿が亡くなったときのふさぎようを思い出すと、こんなに元気になって、自分から動こうとして、よろしい傾向でしょう」
でも、と続けながらシルビアは頬に手をやった。
「一人旅はやっぱり危険だと思うのですが……」
まだ14歳の少女なのだ。
窓から背を向けていたシュテファンは、指を鳴らした。
彼の影となり忠実に働く部下が、瞬時に現れる。
「パトリーの後を追え。知られないようにな」
はっ、と言って、その影は消えた。
シルビアは頬を緩ませ、夫を見る。
「シュテファン様……パトリーさんの身を守るためですね?」
「監視のためだ」
シュテファンは背を向けたままだった。