奪ふ男

奪ふ男 後編 (1/3)
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 智明の前にいるのは、鈴山。
 私は気づかれないように近づく。電柱の影に隠れた。
「久しぶりじゃないか、座って話そうよ」
 智明はベンチに座り、鈴山に隣に座るよう促す。
 鈴山は目に見えて狼狽し、同じ場所をぐるぐると回っていた。
「俺さ、谷岡を待たせてるんだけど」
「まあまあ……いいじゃないか」
 智明はゆっくりと、喉の奥から出すようなかすれた声で鈴山を留めさせる。
 遠くで聞いていた私がぞくっとするような色気。
 鈴山はまるで魔法にかかったように、智明の隣に座った。
「本当に、久しぶりだね。たくましいんだ。……何かスポーツでもしてるの?」
 と言いつつ、智明は鈴山ににじり寄る。
 鈴山は動かなかった。智明は手を伸ばす。白い手が、夕日に染まる。鈴山の胸に触れたとき、さすがに鈴山はびくりと驚いていた。が、智明が魔性の微笑を浮かべると、鈴山は再び動かなくなる。
 智明は胸に這わせた左手を、ゆっくりとした動きで上げてゆき、鎖骨に触れる。そのまま首筋へ……。
 向かい合うように智明は膝を割りいれる。
 右手は逆に下まで降り、太腿に触れたとき――
「よせっ」
 鈴山が初めて抵抗らしい抵抗をした……と私は思ったけど、それは間違いだった。
「こんなところで……」
 恥ずかしそうに公園を見回し、そう続けた鈴山。智明の顔には妖艶な笑みがある。
「そうだね。じゃあ別のどこか……」

 すぐ近くであったことに、私は自分でも驚くほどのショックを受けていた。
 今まで四人の彼氏がいた。どうやって智明は、と思ったことはあったけれど、深くは考えなかった。考えたくなかった。
 その考えることすら放棄した事実が、目の前で繰り広げられた。
 こんなもの、見たくなかった、聞きたくなかった。
 私はよろめき、足がもつれ、転んだ。
 思わず電柱から姿を現してしまった私に、二人が息を呑んだ。
「ルリ……」
 私は顔を向けないようにし、急いで立ち上がる。
 いつの間にか涙がこぼれて、点々と雨のようにアスファルトを濡らしていた。
 早くここから立ち去らなくちゃ。
 ただそれだけを思い、公園に背を向け、駅に向かう。
「ルリ! ちょっと……」
 走ってきた智明が私の腕をつかんだ。
「離して」
 私はもがく。だが智明の力は思ったよりも強かった。
 つかまれ続けていても、顔だけは向けたくなかった。ただ涙が溢れて止まらなかった。
 悔しさ。憎さ。どす黒い、ずっと隠していた感情。
 今までためこんだ全てが、口から出た。
「……もううんざり。智明なんて、死んじゃえばいい!」
 私の叫びに何を思ったのか、智明の手の力が弱まった。
 その隙に私は逃げ出した。

   *   *

 私はその夜、夕食を食べなかった。
 黙って二階の自分の部屋に籠もる。その部屋の前で、お母さんは病気かと心配する言葉をかけてくれた。でも、私は悪いと思いつつ、何も答えなかった。そんな私に呆れたのか、しばらくしてお母さんは扉から離れ、朝食用の卵が切れているからと、買い物に出て行った。
 窓から見た空は曇っていた。月も見えない。
 私はベッドの上で、大きなぬいぐるみと一緒に寝そべっている。握るケータイには誰からも電話はなかった。智明からも、鈴山からも、メールもない。
 鈴山はさぞいたたまれない気持ちなのだろう。私ももう、人生上、彼と関わり合いたいとは思えない。

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