奪ふ男

奪ふ男 中編 (2/3)
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 智明は一体何がしたいのだろう。ただ……憎くて、奪いたかっただけ?
 私たちは白い息を吐いた。
「なあ、俺たち、やり直さねえ?」
 場の雰囲気から、鈴山がそう言い出すことは予想がついていた。
 彼は智明とのことをなかったことにしたいのだ。智明と付き合う以前にリセットするため、心を切り替える意味で、再び付き合おうと言っている。
 私はしばらく黙ったまま考えていた。
 彼は智明から解放されたがっている。逃げたがっている。……私と同じだ。
 それならば、今までとは違う結果が見られるかもしれない。
 雪がちらつき始めた頃、いいよ、と私は応諾した。

   *   *

 大学が始まった。
 私は智明と向かい合って、食堂で食事を取っていた。
「ルリ、髪型変えた?」
 智明の言葉に、思いの外動揺した。
「あ、う、うん。ちょっとね」
 智明に気づかれるとは思わなかった。……いや、でも、彼はいつも気づいてくれたような気がする。
 私も女だ。髪型や、化粧や、ダイエットや、そういったことに気を配る。胸の大きさや、腰のくびれにも。
 だが、目の前にいる智明は、もちろん胸もくびれもないのに、私の彼氏を奪っていく。
 彼を目の前にすると、私の努力は全て無意味に思えてくる。
「そういえば今日は藤枝さんいないんだ?」
「絵里はサークル。忙しいんだよ」
 へえ、と言いつつ、智明は何かを考えているようだった。
「……いつも藤枝さんとルリって一緒にいるよね」
「専攻が同じだから授業もかぶるし。趣味も合うから。一緒にいると気が楽なの」
 絵里とは大学に入ってからの友達だ。付き合いは短くても、いろいろと気が合う。
 智明はくすりと笑う。肘をついて、顎に手を当てていた。
 行儀が悪いと注意しようとしたが、すでに彼は食事を終えていた。
「今度は彼氏じゃなくて、彼女を作るつもり?」
 表情が凍りついたことが、自分でもわかった。食事に伸ばす手がぴたりと止まる。
 気を緩めてしまったことを後悔した。
「何、言ってるの」
「だからさ、ルリと藤枝さんが」
「やめてよ。私は普通なの。智明とは違うの」
「僕は自分がノーマルだと言っていた人を何人も見てきたけれどね、そういう意識は意外と脆いよ」
 智明の瞳に光が宿り始めた。
 いけない、と思った。このままでは、絵里が智明の手に落ちる。
 智明は自分をよく知っている。自分がどれだけ人を魅了するか、傲慢なまでによく知っている。
 絵里は智明を嫌っている。だけど、そんなことは意味がない。全て智明の前では意味がないのだ。性別も、好悪も。
 智明は女が嫌いというわけではないらしい。絵里に手を出すのを渋る理由なんてない。
 打てば響くような絵里を、友人として私は好きだ。
 ……仕方ない。
 友を守るため、私は諦めたように口にした。
「絵里はただの友達。私が今付き合っているのは、鈴山君だよ」
「鈴山? 誰?」
 名前を聞いても、智明には本当にわからないらしい。
「……中学時代の同級生」
 智明は長い指で髪を触りながら、思い出すように考える。
「ああ、前にルリが付き合ってた?」
 そして智明が奪った。
 智明の瞳に光がある。彼の獲物が決まったのだ。
 もう終わりかもしれない、と絶望的に思ったけれど、過去から解放されたい鈴山の意思に一毫(ごう)の希望を信じたかった。

   *   *


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