奪ふ男
ジョーカー 1−1 (2/4)
戻る / 目次 / 進む
僕とルリは帰り道、道草を食っていた。いつもというわけじゃない。僕は集団行動が嫌いだから帰宅部だけど、ルリは水泳部で特に夏は泳ぎっぱなし。帰るのは遅くなるから、寄り道できない。
その日は、顧問の先生が休みということで、急遽部活が中止になったそうだ。
ゲームセンターに行って十分遊んだ後、喉が渇いたからと、喫茶店に入った。駅前の家電量販店の八階にある喫茶店。ルリ曰く、ケーキが美味しいと評判の店で、一度来てみたかったという。
僕たちは共に夏用の学生服。教師に見つかったら寄り道をしていたと怒られるかもしれないけど、似たような制服姿の学生で店は溢れているし、多分ばれないだろう。
僕はケーキを遠慮してアイスティーだけ頼み、ルリが美味しそうに木苺のタルトを食べているのを眺める。おいしさに身もだえて幸せそうなルリを見ているだけで、僕は満足してお腹いっぱいになりそうだ。笑顔がかわいい。
「おいしい?」
こくこくとルリはうなずく。
「智明も食べる?」
「僕はいいよ」
「生クリームの部分以外なら、木苺が酸っぱくてあんまり甘くないよ? タルトの生地もサクサクしておいしいし。ほら」
ルリは半分食べかけのタルトの皿を、フォークごと僕の方へ差し出す。
言葉に甘えて一口、とフォークに手を伸ばしかけたところで、ひとつ良いことを思いついた。
「僕に食べさせてよ」
「え?」
「ルリが僕に、あーん、って食べさせて」
絶句するルリに対し、僕は微笑んで、「ほら早く」と促した。
「そっ、そんな恥ずかしいこと……人が見るよ……」
「他の人なんかこっちを見ないよ」
「今だって智明の方、たくさんの人が見てるじゃない」
確かに、視線を感じている。いつも通りのことだから、あまり気にしていなかったけど。
きょろきょろと、まるで犯罪者のようにルリは周囲を見回している。
周囲の人間なんて気にする価値もないのに。
仕方ない。
僕は身を乗り出した。
「ほら、これだけ近くなればすぐに終わるし、していることは見られにくいでしょ?」
「そこまでしなくても、自分で食べれば……」
「僕は今、ルリに食べさせてもらいたいの」
強く言った。どうしても諦めるつもりはない、という意思をにじませて。
はあ、とルリはため息をつく。
まるでスパイが計画を遂行する間際のようにルリは周囲を見回し、小さく切って乗せたタルトの一部分をフォークの上に乗せ、さっと僕の口に運んだ。
木苺の甘酸っぱい味が口に広がった。
「うん。ルリが言った通り、おいしいね」
ルリはとても恥ずかしそうに小さくなって、タルトを黙々と食べる。僕の口に運んだフォークを使って。
あ、これって間接キスだ。
ルリは気づいていないようだ。今までだってこういうことは多かったから、あえて意識することでもないけど。
アイスティーを飲みながら彼女が食べるのを見ていた。そのときちょうど、彼女の唇の端に白い生クリームが付いた。なんだか子どもっぽいな、とほほえましく思って僕は少し笑った。
僕は思わず手を伸ばし、彼女のあごに手をかけていた。
「な、何?」
「動かないで」
あごにかけた手の親指で、そのまま生クリームをぬぐう。
その親指についた白いクリームを舌で舐め取った。丹念に全てを、ちょっと音をたてながら。
ああ、甘い。
「…………」
ルリがその僕の行為を凝視していた。頬を紅潮させ、困惑気味の顔。
戻る / 目次 / 進む
stone rio mobile
HTML Dwarf mobile