奪ふ男
奪ふ男 後編 (2/3)
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ケータイを充電器にセットして、まだ八時だったけれど毛布を引いて本格的に眠ろうとした。
お母さんが大きな声で私の名を呼びながら帰ってきたのは、このときだ。
「瑠璃子! 瑠璃子!」
がらがらと玄関を開ける音が響き、ばたばたと走ってくる音がする。
いつもは何でも無関心なお父さんでさえ、どうしたんだ一体、と驚いていた。
さすがに気になって部屋からそろりと出てみた。
階段を上ってくる途中だったお母さんは、口をぱくぱくさせ、ごくりと唾を飲み込み、知らせた。
「智明くんが、睡眠薬飲んで、自殺したって」
智明は救急車で病院に運ばれていた。
大きな金原家の前で救急車が止まり、人だかりができているところでお母さんは智明のことを聞いたらしい。
私はお母さんから話を聞くと、すぐにタクシーで病院に向かった。
胸がぎしぎしと音をたてていた。
大きな市の病院は夜の闇に覆われ、白く清廉な建物が険しく青白く映った。四角い窓からは明かりが漏れている。
タクシーの運賃を支払うと、急いで階段を上って病院に入る。
看護師さんに教えてもらった場所では、智明のご両親が椅子に座り、祈るように手を合わせていた。ちらちらとしっかりと閉じられた扉を仰ぎながら。
「おばさん! 智明は……」
私が震える声で呼びかけると、はっと二人は顔を上げる。
「瑠璃子ちゃん、智明ね、今、胃の洗浄をしているところなの」
「大丈夫なんですか」
「まだ、わからないの。お医者様は処置中で、まだ……」
智明のお母さんは瞳に涙をためる。それをハンカチの端でぬぐった。
私は胸をかきむしるように、ぎゅっと服をつかんだ。
自分が死んだように苦しくて、水の中にいるように呼吸するのが辛かった。
「瑠璃子ちゃん、これ……」
智明のお母さんは、白い封筒を取り出した。
「これ、ね。智明の、遺書」
白い封筒の真ん中には、『谷岡瑠璃子様へ』と細い字で書かれていた。
「……おばさんや、おじさんにも、遺書が……?」
首は横に振られた。
「瑠璃子ちゃんにだけ」
白い封筒に書かれた自分の名前におののき、私は顔をゆがませた。
睡眠薬の誤飲であり自殺ではないかもしれないと、もしかしたら自分のせいではないかもしれないと、心の隅で願っていた。甘かった。自分に甘すぎる考え方だった。
私にのみ遺書を残すという行為が、責任がどこにあるかを逃げ道を残さず物語っていた。
受け取らないわけにはいかなかった。
手の中に白い封筒がある。それでも私の手は震え、中から便せんを取り出せられなかった。読むのがあまりに怖かった。
私は智明の両親から離れ、病院のロビーに座った。
診察の時間は終わっている。ロビーには誰もいなかった。か細い蛍光灯の灯りが、遠くにある。
『死んじゃえばいい』
頭の中で、自分の言葉が何度もリフレインされる。
どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。
どうして、智明はこんなに弱いのだろう。
泣きそうになりながら、私はただ祈る。
幼なじみの命を助けてください、と。
もし助かったとしても、それは私の奪われる一生の継続に他ならない。いや、一度自殺に追いやったという負い目が、もっと智明に何も言えなくさせるだろう。そして智明から離れる自由を失うこととなるだろう。
だけど、それでも助かってほしい。
このまま私のせいで死なれるのは、耐えられない。
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