奪ふ男

奪ふ男 前編 (3/3)
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 そのこぶしで、優越に満ちた微笑みを浮かべる智明に殴りかかってやりたかった。
 だけど私は殴るどころか、文句すら言えなかったのだった。

   *   *   *

 教室内は暖房が効いて、暖かい。
 部屋は大教室だが受講者が多くて、後ろの方しか席がなかった。
 私と智明は隣り合って、後方の席に座る。偶然にも、私たちはこの日の昼食の後、同じ授業を受講している。
 用意をしようと、教科書やルーズリーフ、ペンケースを取り出す。
 私の持つシャーペンにはストラップのようなものがついている。有名キャラクターの猫の人形だ。
 私はこのキャラクターが昔から好きで、今も自室にいくつかぬいぐるみがある。
 持っている最も大きいぬいぐるみは、小さな子供ほどの大きさのもので、それは小学校か幼稚園のとき、商店街の福引で当てたのだった。
 そのときとても嬉しくて、近所で自慢して回っていた。
 ところが、当時の智明がほしいと言い出した。
 それはもう、嵐のような激しさでほしがった。私は、嫌だあげない、と言ったのだけれど、智明は泣くし、家に帰ろうとしても服とぬいぐるみをつかんで離さないし、根負けして手放した。(その後、智明のお母さんが返しに来てくれて、今も部屋にある。)
 智明が私の彼氏を奪うのは、その延長線だと思っている。必死に私のぬいぐるみをつかんで離さないのと同じ……。

 突如、隣から音楽が聞こえてきた。私はびっくりした。
 智明は音源のケータイを取り出し、話し始める。
「あ、ごめん。……もしもし。……ああ、うん」
 教壇には教授が現れた。授業が始まりそうだったので、智明は立ち上がり、ケータイで話しながら教室の外に出る。
 ……もしかして、前の、奪われた彼氏だろうか。
 そう想像して私はとてつもなく嫌な気分になった。
 ああいやだ。
 どうしてこうなったんだろう。
 どこかで智明と縁を切ればよかったのだろうか。だけど、何か嫌な予感がして、ためらってしまった。それに彼の妖艶な微笑が怖かった。
 怖くて、怒ることもできない。後ろめたいことをしているのは智明なのに、私の方が一歩引いてしまう。
 子供のときから智明に譲ってきた私は、知らず知らずのうちに智明には強く出れなくなっていたのかもしれない。

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